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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)555号 判決

控訴人 水野登

右訴訟代理人弁護士 片岡彦夫

被控訴人 廣木勇

右訴訟代理人弁護士 内田喜夫

主文

本件控訴を却下する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。」との判決を求め、被控訴代理人は、本案前の申立として、「本件控訴を却下する。」との判決を求め、本案につき、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、左記のとおり訂正・附加するほか、原判決の事実摘示と同一であるので、これを引用する。

(事実上の主張)

一、控訴代理人

(一)  請求原因に対する答弁の訂正

原判決二枚目裏六行目「同訴外人から」から同一一行目「競落代金の支払を了し、」までの被控訴人の主張事実を認めると訂正する。なお、競落代金は、請求債権と相殺したものである。

(二)  抗弁(当審における主張)

控訴人は昭和四四年一〇月四日被控訴人に対し山林、田畑等六九筆を代金一二六三万六二六〇円で売却し、別口土地売却代金三三八万円との合計一六〇一万円余の支払方法として、控訴人が訴外宮川千代子に負担していた債務その他の債務を被控訴人において代立弁済した上、本件土地建物の所有権を控訴人のため保有する旨約束した。そして、この約束に基き競売申立人宮川千代子は、競売前に被控訴人から被担保債権九二〇万円の代位弁済を受け、これにより、本件土地建物を含む競売物件に設定された抵当権は消滅したのであるから、被控訴人は、抵当権消滅後の競落により本件土地建物の所有権を取得するいわれなく、競落により本件土地建物の所有権を取得したことを理由とする被控訴人の本訴請求は、失当である。

(三)  本案前の申立理由に対する答弁

被控訴代理人の主張事実を否認する。

二、被控訴代理人

(一)  本案前申立の理由

被控訴人・控訴人間に昭和五〇年三月二六日本件控訴取下の合意が成立した。

(二)  本案の抗弁に対する答弁

被控訴人が控訴人主張のような売買をし(たゞし、売買の目的は七六筆)、合計一六〇一万円余の買掛代金債務を負担したことは認めるが、控訴人主張のような特約をしたことはない。その後、右買受不動産には合計三五四九万円余の控訴人の債務が付着していることが判明したので、これを弁済整理したり、一部には所有権に争いがあって登記や引渡をうけられないものもあって、被控訴人は莫大な損失を被るに至った。それで、被控訴人は控訴人の詐欺を理由に右売買を取消し、かつ、控訴人主張の特約ありとするも右事情の下では失効している。被控訴人は、右整理のため控訴人の宮川千代子に対する債務九二〇万円を引き受け、昭和四五年九月二八日右債務を代位弁済したに過ぎず、従って、被控訴人は、右代位弁済により取得した控訴人に対する求償権担保のため宮川千代子から本件抵当権の移転を受け、権利者の地位を承継したものである。

(証拠関係)≪省略≫

理由

控訴代理人が本件控訴状を昭和五〇年三月六日原審に提出し、同月二四日控訴状副本が被控訴人に送達されたこと、控訴代理人が本件控訴に伴う原判決の執行停止を同月二五日当裁判所に申立て、翌二六日保証金一〇〇万円の供託を条件とする強制執行停止決定がなされ、右決定正本が同日午後〇時二〇分控訴代理人に送達されたことは、記録上明らかである。

≪証拠省略≫によると、次の事実を認めることができる。

1  新潟地方裁判所高田支部執行官遠藤原二郎は、被控訴人から原判決の仮執行宣言に基く強制執行の申立を受け、昭和五〇年三月一〇日控訴人に任意履行を催告するとともに執行着手の日を同月二六日午前九時と告知した上同月二六日午前九時頃上越市五智六丁目二番三一号控訴人方に臨場し、控訴人に任意明渡を催告したところ、一週間ほどの猶豫があれば任意に明け渡す旨の申出を受けたので、執行に立ち会った被控訴人にその旨を伝え、両者で話し合うよう指示した。

2  被控訴人と控訴人は、別室で一時間近く話し合い、この間、被控訴人は、控訴人に対し、執行は猶豫するが本件控訴を取り下げるよう再三要求したが、控訴人は、控訴取下は控訴代理人片岡弁護士と相談して決めるといって右要求に応ぜず、話合は物別れとなった。

3  そこで、遠藤執行官は、控訴人に執行に着手する旨を告げ、執行手続に移ろうとした際、控訴人から同日午前九時執行の旨事前連絡を受けていた片岡弁護士から控訴人に電話がかかり、執行猶豫を執行官に上申するよう指示された控訴人は、その旨を遠藤執行官に告げて受話機を渡し、同執行官に代った。同執行官が電話に出ると、片岡弁護士から、控訴人をして任意に明け渡させるから一週間ないし一〇日ほどの猶豫を認めてほしい旨の要望を受けたので、電話を切らずに、要望の趣旨を被控訴人に伝え、要望に応ずるか否かを問うたところ、被控訴人は、従来の経緯からして任意明渡は期待し難いので、単に執行を猶豫するのではなく、控訴を取り下げれば同年五月まで執行を猶豫してもよい旨同弁護士の要望をそのまま受け容れることはできない意向を表明したので、その旨を同弁護士に伝えた。これに対し、同弁護士は、「明日長野の裁判所で被控訴人に控訴取下書を手交する。」旨確約した。被控訴人は、同執行官から右の電話内容を聞いて、これを諒とし、同年四月一〇日まで執行を延期することを承諾し、同執行官は、その旨の執行調書(甲第一五号証)を作成し、被控訴人及び控訴人にこれを読み聞かせた上両名をして署名押印させた。

以上の事実が認められ、≪証拠省略≫によれば、片岡弁護士が同執行官に電話で確約した前記控訴取下が本件の控訴であるかどうか当時知らなかったことが認められるが、≪証拠省略≫によれば、当時被控訴人・控訴人間の係争中の控訴事件は本件のみであったことが認められ、本件控訴代理人片岡弁護士の訴訟委任状によれば、控訴人は同弁護士に控訴取下の権限を付与しているので、前認定の事実によれば、被控訴人と控訴代理人片岡弁護士との間に昭和五〇年三月二六日本件控訴取下の合意が成立したということができる。

当審証人片岡彦夫は、昭和五〇年三月二六日控訴人方に電話をした際、控訴人から本件控訴取下につき相談を受けたこともなく、遠藤執行官と控訴取下に関して通話したことがない旨証言するが、≪証拠省略≫に対比し、信用することができない。また、控訴人は、当審における本人尋問において、片岡弁護士の尋問に対し、同弁護士から前記電話がかかった時刻につき、遠藤執行官が甲第一五号を作成しようとした時であったと供述するが、片岡弁護士が電話をかけたのは前認定のように同日午前一〇時頃であり、甲第一五号証作成の経緯に関する前認定の事実によれば、遠藤執行官は、片岡弁護士が控訴取下を確約した後に甲第一五号証を作成したと認められるので、控訴人の右供述を信用することはできない。

以上認定のように、控訴取下の合意が成立したとの被控訴代理人の本案前の抗弁は理由があり、本件控訴はその利益が消滅したのであるから、本件控訴は、これを却下すべく、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤利夫 裁判官 小山俊彦 山田二郎)

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